2011年12月8日木曜日

柳田国男「雪国の春」より



124頁~125頁より抜粋

自分は所々の荒浜に立ち止まって、故老たちの無細工なる海嘯史論を聞かされた。これまた利害関係がなお多いために、十分適切とは認められぬが、一般の空気はやはり明治の新政と等しく、人の境遇に善悪二様の変化のあったことを感じさせているようであった。

もっと手短に言えば金持ちは貧乏した。貧乏人はなくした者を捜すと称して、毎日毎日浦から崎を歩き回り、自分の物でもないものをたくさんに拾い集めて蔵っておいた。もとの主の手にかえる場合ははなはだ少なかったそうである。回復と名づくべき事業は行われにくかった。智慧のある人は臆病になってしまったという。もとの屋敷を捨てて高みへ上がった者は、それゆえにもうよほど以前から後悔をしている。これに反してつとに経験を忘れ、またはそれよりも食うが大事だと、ずんずん浜辺近く出た者は、漁業にも商売にも大きな便宜を得ている。